100匹の黒猫物語
No.64 黒猫ファジーと黒猫キャンドルの場合
黒猫のファージーは被災地のネコでした。
食堂の路地裏を縄張りに
黒猫のキャンドルと夫婦ナカヨク暮らしていました。
満腹食堂のおばさんが
毎日ご飯をくれるので
ふたりはお腹が減ったことなんかありませんでした。
「ファジー。キャンドル。ご飯だよ。
きょうはね。お刺身だあよー」
「ありがとう。
ネコってさ。
意外と新鮮な魚を食べられないんだよね。
キャンドルのお腹の子猫も喜ぶよ」
「おばさん。いつもありがとうございます。
わたしはきっと元気な子猫を産みます」
「たぁくさん食べるんだよ。
必要なモノは用意すっからねえ。
タオルでもお水でも。
はらいっぱいたべるんだよお」
町のヒトビトはそれなりにしあわせそうでした。
あだ名や歴史や想い出やコンプレックスを抱えて
みんないっしょうけんめいに暮らしていました。
ある日突然町が揺れました。
おおきなおおきな地震です。
海も空も荒れ狂っています。
ファジーはキャンドルといっしょに逃げました。
ハシッテハシッテ高い山の高い樹にのぼりました。
「キャンドル。大丈夫か?」
「はい。でもノドが渇きました」
「そうか。この果実をたべよう」
ふたりは身を寄せあって震えていました。
翌日。
ふたりはお腹がすいたので満腹食堂に戻ろうと山を下りました。
「あれ?道をまちがえたかな?
なにもないぞ。
あ!めちゃくちゃだ。
町が消えているぞ」
町もヒトも食堂もコンプレックスもなにもありません。
おおきなおおきな津波がなにもかも流したようです。
ふたりは途方に暮れました。
折れた電柱の張り紙を見つけました。
「黒猫レインをさがしています!!
情報を集めています。
またワケアリの黒猫さんは大歓迎!!
カツオフレッシュパック食べ放題!!
詳しくはレインハウスの詩人まで」
数日後。
シケモクを吸いながら詩人は言いました。
「少しは落ち着いたか?ハラペコはおさまったか?」
「ありがと。オレもキャンドルもラッキーだよ。
ほんとうにここで暮らしてもいいのかな」
「無論だ。キャンドルはここで子猫を産むことになるけれど」
「嬉しいです。心細くないわ。
他の黒猫さんもみなさん親切だから」
「ねえ詩人さん。
テレビでね。放射能とかまた地震が来るって」
ファジーは不安げに訊ねました。
「ああ。らしーな。
でもよ。レインハウスに限っては絶対に安全なんだ」
「絶対?」
「ああ。絶対にだ」
「どうして言い切れるの?」
「ここはな。世間とか現実からいちばん遠い場所なんだ。
なんていうかな。
天国や地獄や空(くう)とか
そういったややこしい場所とは違うんだ。
あのな。みんなの想いや思念や想像力にここは存在する」
「詩人さん。わたしにはすこしむずかしいわ」
「うむ。
あのさ。キャンドル。
オマエさんは暮らしていた町の景色を想い出せるか?」
「はい。満腹食堂も綺麗な夜空もみんな想い出せます」
「詩人。オレもだよ。あの町の海も月も路地裏もぜんぶわかるよ」
「それだよ。
ファジーのアタマはオレの握りこぶしぐらいしかない。
そのちいさなアタマの中におおきな海も町もはいってる。
わかるかな?」
季節は春。
黒猫たちは日溜まりを分け合うように昼寝をします。
キャンドルは想います。
「わたしのちいさなアタマの中には
満腹食堂のおばさんが暮らしている。
きっと丈夫な子猫を産んでお知らせをしなくちゃ」
今日は詩人もひなたぼっこをしながら居眠り。
詩人の胸にファジーはそっと乗りました。
「詩人てばタバコくせいなあ。くふふ」
キャンドルは詩人の吸いかけのタバコを丁寧に消しました。