2011年04月08日

カオルが吠える

2011 4/8(金) 18:10
電線がひゅうひゅうんとうなっている



民間広告機構ACのコマーシャルが聞こえると
オレの脳みそは直ちにイライラする。

オレも日本のチカラは信じたいが
政府や東京電力などの無策愚策を眺めていると
直ちには信用ができない。
オレはねっこが貧乏人だから
「あのタレントのギャラは幾らだろうな」と。

詩の朗読のような気味が悪いCMも多い。
アレを観たヒトビトは
「そうだ。自分には思いやりが足りない。
 傲慢であった。直ちに反省をし思いやりをもとう」と想うのだろうか?

そういう「具体的な効果」がなければ
それは「広告の本質」を欠いている。
オレは想う。
「なんかがんばろう的なこと言ってりゃあいいんじゃんねー」
と。

オレは停電や有事に備えて
9日間関西で「アナログ生活」をトレーニングした。
パソコンもドライヤーも電子レンジもいらない。
テレビで「停電簡単レシピが流行っている」
「地震保険の相談が3倍に」と報道している。
オレはアクビがとまらない。
「サバの味噌煮の缶詰と豆腐を混ぜるとかなり美味しい」
「トマトジュースで野菜を煮込めば卓上コンロでオッケー」
その「レシピ」を真剣にメモしている奥様たち。

それらはオレの日常的な食事で豆腐は豆腐で
味噌煮は味噌煮で食べた方が美味いと想っている。
また野菜を齧りながらトマトジュースを飲めば
貴重な燃料も消費しない。

オレは言い切ろう。
「想像力のない愚鈍で
 政府や企業の忠実な消費者たちが着実に育ち
 日本全国を闊歩している」

もっと短いコトバで言うと「バカ」だ。
東京電力も保安連も政府もトップはバカだ。

バカにつける薬はネットでも売ってない。

オレはがれきの山を
レインをリュックに入れて
ブイーンブイーンと唄いながら歩くカオルとレインが見える。


おりゃー。
posted by カオル at 18:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

オレは自粛しないぞー

朝陽につやつやとレインが光る。
ゆうべは風が強かった。

http://www.youtube.com/watch?v=PCBlbhXS4I4

原発のことはどうなるかわからない。
世界でも始めてだから。

余震や放射能漏れが落ち着いた後。
そこが重大なポイントだ。
「それから」だ。

〜というわけで
 人類は戦争という風習をやめて
 今回の日本の事件を教訓に
 核のない世界がはじまったのです〜

官僚のレトリック。
「直ちには影響がない」
(でも時間がたったら影響があるかもだけれど
 先に直ちには大丈夫だよと言ったし。 )

「今回の余震で原発は被害がない」
(現場のヒトを退避させたらしい。
 だから遠くから機械で観測したカンジでは
 「原発には被害が見当たらない」)

オレはこんな風に解釈している。

カオルの歌詞などに「ボクたち/ヤツら」とよくあるが
現在のこの「温度差/美意識/価値観の違い」だ。
20代前半。
横浜にべイブリッヂが建設された頃に
オレは「違和感」を強く感じはじめた。

ヤツら。
それは江戸の殿様よりもずっと古く
「米をたくさん所有する時代」から芽生えていたのかもしれない。

動物は基本的に「その場で食べられるちょうど」だけ食べる。
太りすぎても痩せすぎても運が悪くても生き延びられない。
動物たちには「医者へ行く」という選択肢自体がない。

人類もかつて狩猟採集の時代はそうだった。縄文時代。
弥生時代になってから「農耕/貯蓄」がはじまった。
不健全な欲望だとは想わない。
オレだって奥様が妊婦だったりお子様がいれば
「不安だから/安心したいから買い占め」をするかもしれない。
飢饉。災害がくれば食料はなくなるから。

その辺りのことは
HP図書館「新最後のアジトのどれか」に書いた気がする。

震災後のアジト。
それが最も重要だ。
posted by カオル at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする