2012年05月19日
スザンヌ
彼女の名前を仮にスザンヌとしよう。
20年ぐらいまえ。オレは20代半ばぐらい。
オレは彼女と致命的で愚かな恋に堕ちた。
当時のふたりはカネがなかった。
性欲を持て余しふたりきりになれる場所を探していた。
オレは家がなくて彼女は兵隊の娘だから家には行けない。
スザンヌは中華街を下を向いて歩き
片方だけのイヤリングなどを拾うと
すぐに質屋へいったが金にはならなかった。
お粥屋のちかくの公園でオレは途方に暮れていた。
公園には中国人の老人たちが
中国語でなにか話している。
スザンヌは拾った指輪をまた質屋に見せにいった。
オレはタバコを吸って
ふと後の植え込みを眺めると
茶色のしわくちゃの封筒がある。
開けると3万円が入っていた。
オレもスザンヌも驚喜して
そのカネがなくなるまで場末のラブホテルにいた。
しかしその森林大火災のように燃え上がった恋も
4日後には雨のチャイナタウンで鎮火してしまった。
とても色白でスレンダーで胸がすごく薄かった。
中国人とアメリカ人のハーフでで日本語はあまり上手じゃなかった。
兵隊の娘だったからもう日本にはいないと想う。
なぜか顔が想い出せない。
いつも暗闇でしか逢わなかったからだろうか。
小説の前半でクロとシロが
「ダークハント」という儀式をするけれど
唯一「実際にオレが体験したことを書いた」のはそれだけで
スザンヌとの夜をアレンジしたモノだ。
サブマリンという元町商店街を抜ける寸前の
ウチキパンのはす向かいにあったブルースバー。
そこでシロとクロが黒人の妊婦のお腹を撫でるシーンも
同様にアレンジしたモノだ。
グレイは元々「短編」としてとっておいたが
この小説の重要な脇役として出てもらうことにした。
ピンクも同じで彼女の存在は「ある象徴」として
当初よりもずっと大切な役を演じることになった。
名前は失念してしまったがある作家が
「いつどこで登場人物を殺すかをちゃんとしないと
収拾がつかなくなる」というようなことを言っていた。
なんとなく読み流していたが実際に書いてみるとそのとおりだ。
また小説には書かなくても
グレイの下着やクロが小学校3年生までおねしょをしていたなど
「ディティール」をしっかりしないと人物が薄くなる。
だからオレはそれぞれの「個人情報」を
別にメモをして履歴をつくり
必要なところだけ小説に書く。
医者が患者を殺す場面では
医療関係社に生命維持装置や勤務体系など訊き
でもそれは小説内では2行ぐらいだ。
メモはA42枚ぐらいある。
ラストシーンはできた。
あとがきを入れるかどうか迷っている。
しかし「作者カオルのあとがき」ではない。
小説とは「省略」で成り立っている。
場面は変わるがその間にトイレにいったり
茶碗を割ったりおならをしたりおかずを残したり
そういうことはいちいち書かない。
「翌日クロは」と省略する。
筒井康隆さんがその「省略」がいやで
フランスの奇才ル・クレジオの「巨人たち」をパロディにして
「虚人たち」という小説を書いた。
(虚人たちもむちゃくちゃなすごい小説だ)
筒井さんはふたつの制約をかした。
ひとつ。
事実は小説より奇なりというのを越えたい。
つまり現実に模倣されない事件を書く。
そして省略をせず
「1ページ1分 リアルタイム」で書く。
妻と娘が別の犯人に誘拐される。
主人公は救出にいく。
途中で殴られて気絶すると
7ページぐらい真っ白である。
つまり7分気絶していたからだ。
20代前半で読んだと想うのだけれど
これは非常に刺激的だった。
筒井さんは実験が多い。
ある小説では1章ごとに
「使える文字」が減っていく。
2章では例えば「の ぺ」という文字が消えるので
その文字はそれ以降使えない。
ピアノという単語が使えないので
白黒鍵盤楽器と表現する。
どんどん文字が減るから最終的には「ん」しか使えなくなる。
世の中には強烈なヒトがたくさんいる。
たくさん勉強して
たくさん遊ばないとな。
また3万円落ちてるかもしれないから
うろついてくるか。
なにしろ448円しかないからな。
スザンヌなんか拾って来いよ。
オマエのキスマーク付きのブロマイドを
玄関に貼ってあるぞ。
あ。
ウラ見れば顔わかるじゃんか。
そうか。
わたしにたりないのはお金持ちの恋人だわ。
そしたらわたしは恋人には忠誠を誓うの。
ねえカオル。皆殺しにしてくれない。
いいよ。オレがやってやる。オマエをいぢめるヤツらはみなごしだよ。
ねえ。バカをみんな殺してよ。わかってるよ。
国会議事堂をボンってさ。カオルが総理大臣になればいいのに。
やだよ。この国嫌いだもん。パパもそういってたのよ。ヒドい国だって。みんな下を向いて貧乏臭くて30年ローンを組んでさ。そのオンナと一生別れない自信があるんだろ?そんでそのローンのために女房も働いて肝心のマイホームでくつろぐ時間がないじゃんか。そんでさ。リビングのいちばんいいところにテレビ様が鎮座ましましていらっしゃるのさ。
そんでぼけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと眺めてだらしなくクチを開いてたまに陳腐な芸人の陳腐なギャグになんとなく笑って会社の愚痴を言いあってくだらねーよシロ。まあオレがやらなくても放射能がミナゴロシはやってくれるぞ。ねえ。安楽園の豚肉の蒸したヤツがたべたいよ。よし。いくか。その前に銭湯にいこうぜ。下着はするなよ。そうだ。今日はストーミーマンデーでミナトが出るか観ににいくか。あいつのドラムは日本一だよ。じゃあわたしはとびきりのお洒落をしてみんなに失礼のないようにしなきゃ。大丈夫だよ。そのまんまでいいんだよ。そのまんまがいちばんだよ。ミナトにガラム買っていこうぜ。イタルさんの火男の人形すごいね。うん。黄色いサングラスとったらさ。すごいハンサムでイタルに文句言ったんだよ。そしたらイタルがさ。そのハンサムがオンナを狂わせたのさとかメールきてさ。作者の意図以上にみんな独立しやがってよ。そんなハンサムじゃなくて目元にはキズがあったんだぜ。でもいかしてるよな。アイツに娘がうまれたからオレは紙粘土を贈るんだ。オマエが色を塗れよシロ。
ただいま全国的に午後3時。土曜日。
それぞれの週末を豊かにお過ごしください。
じゃあね
20年ぐらいまえ。オレは20代半ばぐらい。
オレは彼女と致命的で愚かな恋に堕ちた。
当時のふたりはカネがなかった。
性欲を持て余しふたりきりになれる場所を探していた。
オレは家がなくて彼女は兵隊の娘だから家には行けない。
スザンヌは中華街を下を向いて歩き
片方だけのイヤリングなどを拾うと
すぐに質屋へいったが金にはならなかった。
お粥屋のちかくの公園でオレは途方に暮れていた。
公園には中国人の老人たちが
中国語でなにか話している。
スザンヌは拾った指輪をまた質屋に見せにいった。
オレはタバコを吸って
ふと後の植え込みを眺めると
茶色のしわくちゃの封筒がある。
開けると3万円が入っていた。
オレもスザンヌも驚喜して
そのカネがなくなるまで場末のラブホテルにいた。
しかしその森林大火災のように燃え上がった恋も
4日後には雨のチャイナタウンで鎮火してしまった。
とても色白でスレンダーで胸がすごく薄かった。
中国人とアメリカ人のハーフでで日本語はあまり上手じゃなかった。
兵隊の娘だったからもう日本にはいないと想う。
なぜか顔が想い出せない。
いつも暗闇でしか逢わなかったからだろうか。
小説の前半でクロとシロが
「ダークハント」という儀式をするけれど
唯一「実際にオレが体験したことを書いた」のはそれだけで
スザンヌとの夜をアレンジしたモノだ。
サブマリンという元町商店街を抜ける寸前の
ウチキパンのはす向かいにあったブルースバー。
そこでシロとクロが黒人の妊婦のお腹を撫でるシーンも
同様にアレンジしたモノだ。
グレイは元々「短編」としてとっておいたが
この小説の重要な脇役として出てもらうことにした。
ピンクも同じで彼女の存在は「ある象徴」として
当初よりもずっと大切な役を演じることになった。
名前は失念してしまったがある作家が
「いつどこで登場人物を殺すかをちゃんとしないと
収拾がつかなくなる」というようなことを言っていた。
なんとなく読み流していたが実際に書いてみるとそのとおりだ。
また小説には書かなくても
グレイの下着やクロが小学校3年生までおねしょをしていたなど
「ディティール」をしっかりしないと人物が薄くなる。
だからオレはそれぞれの「個人情報」を
別にメモをして履歴をつくり
必要なところだけ小説に書く。
医者が患者を殺す場面では
医療関係社に生命維持装置や勤務体系など訊き
でもそれは小説内では2行ぐらいだ。
メモはA42枚ぐらいある。
ラストシーンはできた。
あとがきを入れるかどうか迷っている。
しかし「作者カオルのあとがき」ではない。
小説とは「省略」で成り立っている。
場面は変わるがその間にトイレにいったり
茶碗を割ったりおならをしたりおかずを残したり
そういうことはいちいち書かない。
「翌日クロは」と省略する。
筒井康隆さんがその「省略」がいやで
フランスの奇才ル・クレジオの「巨人たち」をパロディにして
「虚人たち」という小説を書いた。
(虚人たちもむちゃくちゃなすごい小説だ)
筒井さんはふたつの制約をかした。
ひとつ。
事実は小説より奇なりというのを越えたい。
つまり現実に模倣されない事件を書く。
そして省略をせず
「1ページ1分 リアルタイム」で書く。
妻と娘が別の犯人に誘拐される。
主人公は救出にいく。
途中で殴られて気絶すると
7ページぐらい真っ白である。
つまり7分気絶していたからだ。
20代前半で読んだと想うのだけれど
これは非常に刺激的だった。
筒井さんは実験が多い。
ある小説では1章ごとに
「使える文字」が減っていく。
2章では例えば「の ぺ」という文字が消えるので
その文字はそれ以降使えない。
ピアノという単語が使えないので
白黒鍵盤楽器と表現する。
どんどん文字が減るから最終的には「ん」しか使えなくなる。
世の中には強烈なヒトがたくさんいる。
たくさん勉強して
たくさん遊ばないとな。
また3万円落ちてるかもしれないから
うろついてくるか。
なにしろ448円しかないからな。
スザンヌなんか拾って来いよ。
オマエのキスマーク付きのブロマイドを
玄関に貼ってあるぞ。
あ。
ウラ見れば顔わかるじゃんか。
そうか。
わたしにたりないのはお金持ちの恋人だわ。
そしたらわたしは恋人には忠誠を誓うの。
ねえカオル。皆殺しにしてくれない。
いいよ。オレがやってやる。オマエをいぢめるヤツらはみなごしだよ。
ねえ。バカをみんな殺してよ。わかってるよ。
国会議事堂をボンってさ。カオルが総理大臣になればいいのに。
やだよ。この国嫌いだもん。パパもそういってたのよ。ヒドい国だって。みんな下を向いて貧乏臭くて30年ローンを組んでさ。そのオンナと一生別れない自信があるんだろ?そんでそのローンのために女房も働いて肝心のマイホームでくつろぐ時間がないじゃんか。そんでさ。リビングのいちばんいいところにテレビ様が鎮座ましましていらっしゃるのさ。
そんでぼけーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと眺めてだらしなくクチを開いてたまに陳腐な芸人の陳腐なギャグになんとなく笑って会社の愚痴を言いあってくだらねーよシロ。まあオレがやらなくても放射能がミナゴロシはやってくれるぞ。ねえ。安楽園の豚肉の蒸したヤツがたべたいよ。よし。いくか。その前に銭湯にいこうぜ。下着はするなよ。そうだ。今日はストーミーマンデーでミナトが出るか観ににいくか。あいつのドラムは日本一だよ。じゃあわたしはとびきりのお洒落をしてみんなに失礼のないようにしなきゃ。大丈夫だよ。そのまんまでいいんだよ。そのまんまがいちばんだよ。ミナトにガラム買っていこうぜ。イタルさんの火男の人形すごいね。うん。黄色いサングラスとったらさ。すごいハンサムでイタルに文句言ったんだよ。そしたらイタルがさ。そのハンサムがオンナを狂わせたのさとかメールきてさ。作者の意図以上にみんな独立しやがってよ。そんなハンサムじゃなくて目元にはキズがあったんだぜ。でもいかしてるよな。アイツに娘がうまれたからオレは紙粘土を贈るんだ。オマエが色を塗れよシロ。
ただいま全国的に午後3時。土曜日。
それぞれの週末を豊かにお過ごしください。
じゃあね