昨夜から今朝にかけて2度読み直した。
あきらかな脱字がひとつ。
入力ミス消し忘れがひとつ。
そして個人的に気に入らないと想った3カ所8文字を加筆訂正した。
申し訳ない。
お詫びに「前回とは別の章のタイトルの抜粋」を文末にします。
この病的な責任感がほんとうにうっとうしいカオルであったとさ。
そんでオレはいま「代打満塁ホームラン」をカルーく打った気分で
やたらに滞空時間がながくてみんながクチをぽかーんと開けておーとか言ってて
オレはあぶさんみたいにふらふら全力じゃ倒れるからいまもうすぐ2塁ってカンジ。
そんな妄想に酔いしれいているから自画自賛だから「最悪だー」と想っても
メールとかしたら呪い殺すぞ。オレできる気がしてるからな〜
それとよ。「カオルの前で喋れないとか」勝手に怖れてまたオレはひとりじゃんかよボケ。
教育に悪いことばかり書いてありますので心臓の弱いカタや影響されやすいタチのカタは死ぬ気でよんでください。また直射日光に長時間だと燃え上がる場合があります。一部の誤字はわざとなのでいちいち指摘しないでください。この作品はフィクションであり実在の団体個人とはたぶんかんけーねーからガタガタ騒ぐんじゃねーことをオネガイします。また本作品は個人で楽しむモノですがカネになりそうなヤツがいたらどんどん無断転載おっけーです。
同意しますか<<<<<<<<
はい。
本当に同意しますか<<<<<
はい。
取り消すならいまです<<<<
続行。
本当にいいのですね<<<<<
はい。
ブイーン カカカカクカキュキュキュ
ダウンロード完了。
クロシロ k
0章 世の中には2種類の女性しかいない
「素晴らしいセックスを体験した女性とそうではない女性」
前者は女性の努力がある
後者は男性に問題がある
このジャン・クレジオの能書き。わたしはジャンというアーティストも彼を一躍有名にしたこの「いわゆる名言」も大嫌いだ。ジャンの能書き通りに2種類のタイプの女しかいないのかもしれない。それをどこかのシンクタンクがデータを綿密にサンプリングして証明したのかもしれない。でもわたしは議論をしたいのでなく「根拠なく全否定」したいのだ。ジャン君。仕方がないのだよ。わたしの全細胞が生理的に拒絶するのは「努力すれば必ず報われる」ような詭弁や露骨に女性に媚びるキミの「フェミニストぶった」発言だ。非常に気持ちが悪い。ウープス。
(中略)
とにかくいちばん厄介なのは。
素晴らしいセックスをしたと「思い込んでいるオンナ」だ。
錯覚した彼女たちはまだ知らないのだ。
エクスタシーのそのはるか向こう側を。
「ジャンへ 私信1」より抜粋
1章 クロの場合
クロは有名な国立大学を卒業して有名な一部上場企業に入社したけれど3日で辞めた。入社式での社長の挨拶が気持ち悪くて吐きそうだった。下を向いて原稿を棒読みしながら喋る社長。「自由な柔軟性とオリジナリティのある発想力と営業力こそが現代社会ではもっとも重要だ」なんぞとおっしゃられてもなあ。発想力ってなんだ?自由な柔軟性?意味わかんないんですけど。
2日目に上司から長めの髪を「切ってこい」と命令された時は殴るのを我慢することで精一杯だった。上司の小言よりも我慢をしている自分が嫌だった。歓迎会は最悪だった。ぜんぜん歓迎なんかされていない。こいつらが飲む口実じゃないか。なんでみんなカラオケなんか唄うんだろう?ヘタクソな唄になんでみんな拍手をするんだろう?オレはそれがイヤで学生時代にコンパなんかを断り続けたのに。だいたいオレは酒が嫌いだ。すぐにアタマが痛くなる。飲んで乱痴気している酔っぱらいをみると無条件でマシンガンを乱射したくなる。飲んで30分もすればヒトは変わりなかにはドスケベで性欲丸出しのバカとか。ドラッグよりヤバいんじゃないのか?それが24時間コンビニで売っているなんて。「酔った勢い」での犯罪が増えるだけじゃないか。
「ねえ。クロちゃんだっけ?かっこいいよね。
新人君の中でダントツ的な。目とか切れ長でちょ〜タイプなんだけど。
ねえ〜なんか唄ってよ〜もしかして照れちゃってる?
緊張しないでモリアガロウよ〜 デュエットしよっか?」
なんだこのオンナ?素顔が想像できないよ。油絵美人かよ。めんどくせーな。殴ったらマズいかな。
その先輩OLは新人男性社員にちょっかいを出すので有名だった。ほとんどの新人の誰かが毎年その甘い洗礼を受けていた。彼女はクロにあっさり無視されてプライドが保てなくなったので「クロ君てもしかして実はホモ系なの〜?」とクロの目をみて言ったがクロはタバコのけむりを吹きかけることで彼女を拒絶した。
3日目。朝の満員電車でクロは品川で途中下車した。
「こんな電車にずっと乗り続けるなんて冗談じゃない。
こういうのこそ人権問題じゃないのか?なんで誰も怒らない?
奇妙な国だ。どいつもこいつも飼いなさらせれやがって。
どうしてみんなこんな状況にじっと耐えているんだ?わからない。
耐えたその先になにがあるんだ?知らないヤツの体臭。体温。
強制収容所へ向かう囚人列車よりサイテーだぜ。
まだ乗ったことないけど。
あいつらには死が保証されている分だけマシだ。
そうさ。乗るのは片道の1度だけ」
そのまま渋谷のミニシアターに行って4人目の犠牲者が悲鳴を上げたところでクロは席を立ちトイレでネクタイをゴミ箱に捨てた。ネクタイ?なんだこれは?クビが苦しい。ネクタイを発明したヤツはきっと変な性癖を持っているんだろうな。召使いをこき使い眩しすぎるシャンデリアの下でなんだっけ?ほら。鳥の脂肪肝。フォアグラ?とにかくそんな気持ち悪いものを食べてはしゃぐんだ。
クロは5時なると駅前で立ち喰いそばを食べて家に帰った。
クロはイライラしていた。
いや。
ものすごくイライラしていた。
両親は嘆いた。考え直してくれないか。オトナには我慢が必要なのだよ。もう社会人なのだから。クロは我が一族の自慢なんだ。まだ慣れてないだけだよ。せめて半年働いてから決めてもいいのでは?どんなにお父さんが苦労をしてオマエを大学に。いい会社だから勿体ない。クロはうつむきながら笑っていた。自慢?オトナには我慢?ずっとこの調子だった。茶番は終わりだ。だいたいもう辞表出したし。
クロはこの家を出ようと誓いながら濃すぎるほうじ茶を飲み干した。「2〜3日じっくりと考えてみるよ」とクロが嘘を言うと両親は少し安心した表情になった。
その夜にクロは荷物をまとめた。
いざ家を出て行くとなると「本当に必要なモノ」ってけっこう少ないんだな。迷ったけれど携帯電話と大学時代の唯一のトモダチのCDは持っていくことにした。ゲシュタポはカッコいいバンドだ。唄はヘタだけど歌詞がカッコいい。リズムも気持ちよかった。ゲシュタポはいまけっこう人気のバンドだ。落ち着いたらライブにいこう。また楽屋でハッパでもキメて。ジェルはえらい。就職なんかしないで髪も切らずにバンドを続けている。だいたいバンドの邪魔だってすぐ大学やめたもんな。かっこいいけどジェルがいない大学はオレにとって清潔なスラムだったよ。単位に必要な授業だけやってあとはジェルがそのままにしていった軽音楽部室の裏の大麻の世話。それと風俗のティッシュ配りのバイト。退屈だった。死んでるのと大差ない。意味もなくストレッチばかりしてたな。オレは群れるのがイヤでほとんどの学生がなにも考えてなくてさ。だからさ。オレは困ったな。そう。ジェルにはバンドがあった。でもオレには「やりたいこと」がなかった。大学に通っているうちに見つかるだろうと想っていたけれどダメだった。だからオレからなんとなく面接を受けたんだ。そしたら採用された。なんの会社かよく知りもしないでさ。もうくだらないからやめたけど。でも少しわかった。やりたいことはわからないけれど「やりたくないこと」はわかった。それはネクタイを締めることと大麻の栽培。むいてない。すぐに枯らしちゃうんだ。それとバカの相手だけはもうこりごりだ。
両親への置き手紙にはこう書いた。
「おとうさんおかあさん。オレはボランティアをやります。
大学のトモダチが被災地で苦しんでいるので助けに行きます。
落ち着いたら連絡します(被災地では携帯電話制限があります。
だから電話がつながらなくても心配しないでね) クロ」
クロは荷造りが終わると両親の現金や売れそうな貴金属を持って白猫ペルシャにキスをして夜明け前に家を出た。
2 シロの場合
シロはプロのバレリーナを目指していた。すべての裏側を見透かしてしまいそうなおおきな瞳。手足は細く長くどんな指輪でも似合いそうな白い指。街を歩いていて「オトコ」に声をかけられない日はなかった。女性を賛辞するコトバがすべてあてはまるような外見(みため)。でもシロは「踊ることだけ」にしか興味はなかった。オトコたちに声をかけられてもシロは痛快に無視をした。ほとんどの場合は気がつきもしなかった。新しい振り付けのイメージだけが若き隆盛のギャングマンが着実に縄張りを広げていくようにシロの全身を染めていた。
もっと高く!グラン・パドゥシャ!もっと脚を広げてシロ!おおきく!
そのまま劇場の外まで飛んでいくように。違う。ぜんぜんダメ!!
シロ。そうじゃない。最初からもう一度!!タンタッター123!
アン・ドゥ・トロォ!アン・ドゥ・トロォ!高く!想像しなさい!
ひとつの技にこだわらないで。最初から最後まで流れるように。
コーチのコトバを繰り返しながらプライヴェートレッスンスタジオに通った。父親はもし怪我でもしたら心配だからと車で送り迎えさせると言ったけれどシロは1秒でも長く筋肉を鍛えたいから歩きたいのと生まれて初めて父親の愛情を断った。踊るのは本当に楽しかったしバレエにかかわっている時だけは「生きているカンジ」がした。
シロが17歳になる直前「大舞台の主役を決めるオーディション」があった。シロはふだんよりも懸命に一生懸命に練習をした。コーチに怒鳴られながらもなんどもなんども踊った。生活のすべてはそのオーディションのためで特に父親は娘の成功のためにすべてのエネルギーを注いだ。ちいさな世界ではあるけれどシロを「次期スター」として応援するヒトたちも増えていった。母親は自慢げに大袈裟に「こんどうちのむすめがバレエで」と顔見知りを見つけては話していった。しかしシロのレッスンや舞台を観たヒトたちは誰も大袈裟だとは想わなかった。この娘なら主役に間違いないだろう。
当日は念入りにカラダを洗い丁寧に髪を整えた。絶対に誰にも見られるわけがないけれど陰毛もスッキリ整えた。パパがくれた外国製のヘアリンスの匂いを嗅ぐとうまくいきそうな気分になった。化粧は控え室でコーチのつれてきたホモセクシャルのプロがやってくれた。先週アタシがメイクしたアイドルのコがね。ちょい役だけど映画きまったのよ〜とノーズシャドウを塗りながらつぶやいたけれどシロはなにもきいていなかった。すぐにでも踊りたかった。緊張はない。刺されたことがわからないほど鋭くとがった針先のようにシロは覚醒していた。
オーディションの本番ではイメージ通りに気持ちよく踊れた。いつも厳しい顔のコーチも親指を立てて微笑んでいた。シロ最高だったわ!よくがんばりました。ベストを尽くしましたね。コーチはシロを抱きしめてキスをした。会場からもおおきな拍手。父親は席を立って手を振っていたのでシロは投げキスを返した。
最終選考のふたりまでシロは残ったが選ばれなかった。理由は「胸が大きすぎるから」だった。「もう少し妖艶でセクシャルな演目だったらシロさんに間違いなかったが今回は清楚な役柄なので」
シロはなにかとても薄汚いぬめぬめしたモノを投げつけられた気分になった。貧乏臭いお金持ちが食べ切れないのに注文した肉料理の脂身のようなものを。コーチは審査員たちに激しく抗議をしていたけれどシロは衣装のまま降り出した雨に濡れながらタクシーに飛び乗った。
運転手はミラー越しにシロをチラチラと眺めた。
「バレーのヒトですか。いや。ほんと。お綺麗ですね。すいません。
じろじろ見ちゃって。こんな綺麗な女性初めてで。
お世辞じゃないっすよ。いや。ほんとに。いや。あの。
プリマドンナですか? いろんなお客さんにあいますけどね。
バレリーナのヒトはマジで初めてで。
あの。変な意味じゃなくて。あの。素晴らしいバストですね。
Fカップですかね。あの。ほんとにいやらしい意味じゃなくて。
ほんと。見事ですよ。芸術品みたいな曲線美ですねえ」
カーラジオからは演歌が流れている。
「あなたを〜 まつのはぁ〜 つぅらいからぁ〜
こよいも ひとりで よぉ〜〜てぇ〜まぁすぅ〜〜」
赤信号で車は止まる。演歌とワイパーのリズムがシンクロしている。
「こんど公演があったらわたし行きますよ。いや。
社交辞令じゃなくて。名刺を渡してもいいですか?
ぜひ舞台の時は声かけて下さい。
けっこう時間にゆーづーが利く商売なんで。
それにしてもいい匂いですね。なんという香水ですか?」
シロは「汗の匂い」と答えながら自分の奥の方で銀色の巨大なガスタンクが連続で破裂するような衝撃波を感じていた。
シロは踊るのをやめて部屋に閉じこもった。なにも考えられなかったし考えたくもなかった。シャワーも浴びずに涙も出なかった。シロはただ乾いていた。遠いサバンナのようにただひたすらに乾いていた。砂漠のようなベッドの中で眠り砂漠のような夢を見ていた。食欲もなかったけれど父親が用意したモノだけは食べた。「食べ切れなかったら残してもいいからね」とシロの好きなジャムとパンとヨーグルトをベッドの脇にそっと置いた。
母親がグレープフルーツを持ってきた時シロは激しく取り乱した。
なにこれ?まるでFカップのブラジャー。ご丁寧にふたつに切って並べている。ママの胸の方がもっと大きいけれど。あのオンナのせいでわたしはプリマドンナじゃなくなったの。ぜんぶあのオンナのせいなんだわ。あのオンナがはしゃぎすぎたせいで。ママハハのクセに。
シロは久しぶりのシャンプーをしながら想った。
砂漠で踊ったらきっと砂に沈んでしまう。砂漠で必要なのはタフなジープでトゥーシューズは役立たず。マリー・カマルゴだって踊れないわ。でも砂嵐の中だったらきっとじょうずにやれる。そしてたくさんの砂男たちがアンコールの拍手をしてくれる。わたしは深々とお辞儀をするの。そうだ。あの運転手に謝らなきゃ。アレは汗の匂いじゃなくてこのリンスの匂いだわ。わたしは嘘をつきました。そして名刺は領収書と一緒に雨の道路に捨ててしまいました。ゴメンナサイ。
ある日両親が「気晴らしに旅行でも行こう」と誘ってくれたがシロは断った。母親は「予約した旅館がもったいない」と言い父親は「せっかくの機会だからゆっくりひとりで考えるといいよ」と大きな外車で旅行に出かけた。3日後に電話が鳴った。シロはなんとなく予感がしていたから驚かなかった。担当の警察官は「ご両親が高速道路で事故に巻き込まれお亡くなりになりました」と申し訳なさそうに話した。父親がシロのために購入した頑丈な最新型の外車も重油を満載したトレーラーに衝突されるとその売り文句であった事故対策用装置もまったく役に立たなかった。あたりまえの話だ。そんなことまで「想定」していたら高速道路を走れるのは戦車だけになってしまう。
葬式をはじめすべての事後処理は父親の親友がやった。
シロは葬儀の家族席で美しく朽ち果てていた。涙も流さず声もあげず瞬間で燃え尽きてしまいそうなセルロイドのように朽ち果てていた。さんざん汚れを拭いたシルクのハンカチはしわくちゃになっても美しい。
参列したある家族の幼女が母親の焼香中におおきな声でシロを指差し「あのお人形さんちょーきれい! ママ買ってー」と叫んだ。母親は慌てて子供のクチを無意識でかなり強くトラウマになるほど抑えつけた。
父親の親友は弁護士だった。遺言状も正式な物だしシロがひとり娘だったこともあり屋敷はもちろん父親の持っていた全財産がシロの名義になりどんな運のない自称ギャンブラーでも人生3回程度では使い切れないぐらいの遺産が残った。
3 黄色いヘルメット/ハンバーグステーキ/逃亡者
クロはいま中堅の警備保障会社で働いている。風呂は会社ではいれるからと近所に風呂なしの安いアパートを借りて住んでいる。いまクロが頼れるのは現金だけだった。面接の時に「有名大学卒業のカタガキ」がこんなに世間では有効だったのかとクロは家出をしてからやっと気がつきその意味においてだけ両親に感謝した。
クロは時計を見る。正確に言えば3分5秒前にもチラッと見たけれどまた時計を見る。ふう。あともうちょっとで仕事が終わる。明日は休日だけれど相変わらず「やりたいこと」がない。逃げ隠れするだけの日々。若くて体力と性欲を持て余したクロにはこの「長い休日」がただの退屈の塊だった。クロは想う。この部屋はたぶん世界でいちばん退屈な部屋だ。種も仕掛けもない殺風景な牢獄とほとんど大差がない。カギを持っているのが「自分か/他の誰かか」の違いしかない。
ただ座って警報ランプを管理する退屈なシゴト。なんの意味があるのかわかない事務をこなしながら時間が過ぎることだけを考えている。クロは暴力的に「運動」に飢えていた。絶望的に性欲を持て余していた。ただ食べて太るのだけは我慢できなかったのでクロは通信販売で買った白いジャージとボクシングのグローブで目覚めるとシャドウボクシングをした。休日はひたすら走って過ごした。逃亡犯が白ジャージでジョギングなんて疑われにくいはずだとクロはジョギングコースに交番前も追加した。
クロはニュースだけはなるべくチェックしていた。もう2ヶ月以上自分の報道はされていない。クロは目を閉じて事件の夜のハンバーグステーキの味のない味のことをぼんやり想い出していた。やっぱり罪の意識はないな。むしろどんどん薄れていくっていうか。あのハゲホモ野郎は殴り殺されるそういう役割だったんだ。たまたまオレが関わっただけでさ。クロはアクビをした。
自然におおきなアクビが出た。
すでに攻めて来る敵がいないのにやたらに塀を高くしていくようなムダなアクビを。
実家を飛び出してクロはすぐにちいさな町工場で働いた。「住み込み可」というのが気に入って選んだ。東北大震災復興特需でかなり人手が足りなかったようでその日から履歴書もなしで働いた。仕事自体は単純な流れ作業だったけれどクロには不満がなかった。でもすぐにやめた。理由はふたつ。ひとつは昼休みだった。社長は「社員は家族」という考えだったので全員が社長室でいっしょに食事をした。午後の仕事が始まるまでトイレ以外は食堂から出ないことが暗黙の了解だった。苦痛だった。そんな法律でもあるように必ずテレビは「笑っていいとも」だ。芸能人やバラエティにまったく興味がないクロにとっては本当に苦痛だった。柔らかい拷問。社長の苦労話もパートのおばさんたちの世間話も嫌だった。午後になると必ずパートのおばさんの誰かがクロに耳打ちをする。「クロちゃん。あの茶髪のヒト浅野さんってゆんだけどね。あのヒトはあることないこと大げさにいうから気をつけた方がいいよ」しばらくすると浅野さんが同じようなことを小声でささやいてくる。そして昼休みは浅野さんとそのおばさんは隣の席に座り談笑している。クロはそれが不気味だった。たぶん。あの学生時代のコンパのオンナの成れの果てだ。ひょっとして工場だからとクロはトイレにいくフリをして倉庫でマシンガンを探したけれど見つからなかった。
風呂から出てぼんやりしていると夜中にノックがした。工場長だった。ひどく酔っていた。勝手に上がり込みクロのことをやたらと誉めだした。「仕事の覚えもいいし若いし体力もあるよ。クロ君にはなにかがある。なにかスポーツをやっていたのかな?贅肉がないねえ。目が鋭いねえ。三日月みたいだねえ。がっこのときはモテただろ?ん?なんだかいいニオイがするねえ。それにしてもきれいな顔だね。ん?目が鋭いねぇ。オレなんかほら。狸みたいだろ〜でへへ〜。オレはバレンタインもらったことないんだ。若ハゲだったしね。いい匂いは香水かな?学校のときはモテたろね〜」酒臭い息でヘラヘラしながら工場長は突然抱きついてきた。
そしてクロの耳をじゅるりと舐めた。
「ボクはね。クロ君が好きなんだよ。部下としてもオトコとしてもね。
もっとラクして稼がせてあげるよ。お小遣いもあげるから」とキスをしてきた。クロは「じゃあ服を脱ぎますから」と立ち上がった。恥ずかしいので後を向いて欲しいと言いうと工場長は素直に従った。
「ああたまらんねぇ。この瞬間だよクロちゃん。。。目をつむってるから早く脱いでネー。嗚呼クロち」
クロは作業用の黄色いヘルメットを高く持ち上げて全力で工場長のアタマに振り下ろした。工場長は一撃で何も喋らなくなったが5回思い切り黄色いヘルメットでアタマを殴った。クロのアタマの中にはゲシュタポの「so what?」のリフレインが。ジェルがシャウトしている。
〜so what? だからどうした イカサマ野郎
気に入らなければぶっ潰せ 哀れな子羊よ
so what? Fuckin’ So what?〜
クロは「元工場長」という生臭い粗大ゴミのポケットからカネを盗ろうと手を入れて財布を捜したがなかった。かわりに封筒があって3万円入っていた。クロはそのお金を「自分を買うための費用」だと判断した。
クロはそのまま工場を出て行った。カラダについたガラクタの赤い液体を風呂で流して小細工はしないことにした。
ファミリーレストランで夜を明かした。ハンバーグステーキを食べながら涙が出てきた。情けない。自分が同性愛の相手に選ばれたことではない。自分の値段がたった3万円だったことが惨めだった。今夜中にこのカネを使い切ってしまいたい。
クロはまた教訓を得た。
ヘルメットで思い切りヒトの頭部を殴ると相手は死亡する。
ファミリーレストランで3万円はひとりじゃ使い切れない。
工場長が死亡して「当日の夜いなくなった若い男性が事件に関与している可能性が高いと警察が捜索中」というニュースはそば屋のスポーツ新聞で読んだ。履歴書は出していない。指紋は残っているだろうがオレは過去に警察に指紋を採られたことはない。まず大丈夫だろうけれど用心しなきゃだな。
クロは身なりを整えて警備会社に面接に行った。クロは「警備をする人間」は疑われにくい気がしたからだ。数日後に携帯が鳴り採用された。そしてエレベーターを管理するだけの仕事ならほとんどヒトとかかわらないし夜勤ならば昼間は寝ているから人目につかないだろうと判断した。
おおきな都市の地図が描かれたデジタル制御の電光掲示板。たくさんの青いランプが繁殖中のタチの悪い細菌のようにランダムに点滅している。ランプの色が黄色に変ればチェックをして状況を上司に報告する。赤になれば出動だ。エレベーターの非常用の電話が鳴れば出る。もう2ヶ月ぐらいたつけれどランプの色が黄色に変わったのが1度だけ。先週鳴ったエレベーターの非常電話は子供のイタズラだった。
勤務が終わると会社のシャワーを浴びて帰る。コンビニでタバコとジブンのエサを買う。まだ街は眠りこけている。クロはアパートの窓から朝焼けを眺めながらエサを食べる。不意に実家のネコを抱きしめたいと想う。でもな。どうしてだろう?あのくそオヤジとおふくろにはすり寄るくせに白猫ペルシャは腹が減った時にしかオレにはなつかない。でもハッキリしているかオレはネコのそういうところが好きだ。とにかく「やらなければならないこと」は決まった。それは「捕まらないこと」だ。クロはその「義務」がそんなに悪くないないし自分に相応しいと想った。罪の意識はまったくない。
だってさ。いきなり抱きついてきた下品な酔っぱらいのアタマをヘルメットで殴っただけだよ。誰だってそうするさ。な。想像してみろよ。仕事が終わって風呂に入った。まだ暑いから半裸でくつろいでいた。寝ようと想っていたらノックがした。酔っぱらいが勝手に上がり込んでいきなり抱きついてキスしてきた。「今夜は遅いから」なんて言ったら「じゃあいつならいいの?」ってなる。「ノー」というコトバは酔っぱらいには理解が出来ないだろ?むしろヤツらはつけあがる。こういう時は暴力が効率がいい。なあ。オマエならどうする?黙ってヤラせて昇進するか?それもひとつの「生き方」だな。オレは大嫌いだけれど認めるよ。
だんだん空は明るくなってくる。まだ月は名残惜しそうに薄く光っている。クロの吐き出したタバコのけむりはやっと出口が見つかった不幸なタマシイのように窓からそっと外へ出て行く。クロは素っ裸になってふとんにもぐった。
4 嘔吐/活字中毒/パチンコ
シロは冷蔵庫がカラになると出来るだけ胸の目立たない黒い服を着て父親のレイヴァンのサングラスをかけて買い物にいく。帰りは駅前のコーヒーショップに寄る。サングラスを外して文庫本を取り出す。でもたいていはなにかが気に入らなくて店を出てしまう。デジタル制御された抑揚のないBGMが気に入らない。デジタル制御された店員のヘンテコな丁寧語。テレビと亭主の悪口を言い合う中年女性たちの髪型とカップの持ち方とニオイに耐えられない。強すぎるエアコン。そして今日もネクタイを締めたオトコに声をかけられる。
「おねえさん。隣いいですか?他は団体さんでね。失礼しますね。
ここのマズいコーヒーも美人の隣なら少しは美味しくなる。
近所ですか?ボクは営業でこの街にきたんですけれど
お姉さんがもし午後ヒマならサボっちゃおうかな」
シロは寒気を感じる。気持ちが悪い。なにコイツ?メンソールなんか吸ってさわやかぶって。いやだ。息苦しい。外へ出る。
街を歩く誰もが街にギャラをもらっている忠実なエキストラのようだ。礼儀知らずの街並み。サンドイッチマン。消費者金融とキャバクラと輸入雑貨を扱う雑貨屋とガイジンが料理をするエスニックレストランの入った薄汚れた古くさいビル。吐き捨てられたガムと唾液と酔漢の小便で汚された道路でシロは不意に立ち止まった。景色がぐにゃっと歪んでモノクロに見えてくる。血の気がスーッとひき真っ白な肌はどんどん透き通っていった。
潰れたペットボトルやセシウムやジャンクフードの袋が吹き溜まった自動販売機の裏にしゃがみ込んでシロは嘔吐する。朝から何も食べてないから胃液と涙だけしか出ない。シロはコーヒーショップで声をかけて来たオトコにコーヒーカップを投げつけたらどんなにスッキリするだろうと想いそれを「実行できなかった自分」を恥じた。その色のない歪んだ景色の中でシロのクチビルから垂れている生糸みたいな胃液だけが午後の鈍い太陽を浴びてぬらぬらと鮮やかに輝いている。
シロは家から出なくなった。弁護士に電話をして食品類は配達してもらうように頼んだ。父親の書斎にあったタバコを吸ってみた。少しむせたけれどなんだか強くなれるような気がした。「シロ。1mgなんか吸うオトコとは付合ってはダメだよ。健康のために軽いタバコに変えるなんてバカげている。健康のためならばやめればいいんだ。パパのタバコはロングピース。長い平和。タールは21mg。強いタバコだけれどパパはこれがいちばん好きなんだ」
パパ。どうして死んでしまったの?わたしはとても寂しいです。クリスマスにパパが連れていってくれた映画。題名忘れてしまったけれどとても楽しかった。ポップコーンが甘くて美味しかった。パパのにおいが大好きなの。だからたまにパパの洋服ダンスに入るの。暗くて静かでいい匂いで落ち着くの。ねえパパ。どうしてあのオンナだけが。アイツだけ死んじゃえばよかったのに。
シロは眠っている時間以外は父親の書斎で過ごすようになった。パイプタバコと父親が愛用していたアラミスの香りを嗅ぐとシロはとても柔らかくたくましくい毛布に包まれているような気分になった。古い本の重みと古い紙のにおいを深く吸い込むとシロは処女のあたりがジリジリとしびれるように疼いた。ページをめくるたびにシロは活字中毒になっていった。生き甲斐を取り戻した年老いた神獣ペガサスのように再びシロは新しい空へ飛んでいった。どんな本でも最後まで読んだ。そして読み終わった本は別の棚に移動していった。その「厚み」がこれからのシロの歴史とリンクしていく。シロは父親の残していったロングピースをいつのまにか吸いはじめるようになった。
囚人1011号からの手紙。レイ・ブラッドベリ短編集。ねじまき鳥クロニクル。日本人の起源。ドグラマグラ。虚構船団。我が輩は猫である。バリ島のハレとケ。熊を放つ。地獄の黙示録。箱男。人間失格。脳は語る。家畜人ヤプー。黒猫物語。アレンギンズバーグ詩集。屋根裏の散歩者。時計仕掛けのオレンジ。エッシャーに魅せられた男達。麻雀放浪記。泥棒日記。誰がジョンレノンを殺したか。気まぐれロボット。推定無罪。母神アグニの末裔。虹の理論。ライ麦畑でつかまえて。星の王子様。ハヌマーンは裏切らない。
気に入ったページには母親のイヴサンローランオートクチュールのオーガンジードレスをカッターで裂いてしおりがわりに挟んでいった。
シロは夢中で本を読んだ。本を読んでいる時間はなにも考えずにすんだ。どんな本でも愉しかったけれど特にアルベルト・カミュの「異邦人」と村上龍の「コインロッカーベイビーズ」が気に入って何十回も読んだ。
このアネモネってコの気持ちがよくわかる。キクみたいなヒトに逢ってダチュラを撒いてこの世界を崩壊させるなんてすごくいい。みんな死んじゃえばいいんだもの。音のない世界。すごくいい。わたしに足りないのは相棒の恋人だわ。大佐よりドサ建よりもっと強くて悪賢いネクタイの似合わないオトコ。助けてよ。お金ならあるの。ねえ。ダチュラはどこで売っているの?新宿?泳ぐのは苦手だわ。水着なんて。そっか。ママのせいじゃなくて太陽のせいだったのね。わたしのオッパイがおおきいのもすべては太陽のしわざだったんだわ。おいシロ。オマエをいぢめたヤツらはオレがぶっ飛ばしてやんからさ。オレはパパの変身だからね。シロのガーディアンエンジェルだから守護神だからオマエが吐き出したコーヒーのネクタイを殺せばいいんだろ?その通りです。ネクタイを殺してください。わたしは恋人の命令は絶対に服従するの。恋人はわたしを絶対に守るから。そうだ。すべては不条理なの。だから恋人から電話があるかもしれない。メールかもしれないから電話をたくさん買わないと恋人がまちがえたら。わたしは間違い電話をさせては申し訳ないしきっとわたしはきっと叱られてしまうから急いで買ってきますからもう少し待っていてくださいね。
月に2度ほど様子を見に来る弁護士は大量の携帯電話機を魔法陣のように並べた輪の中で踊っているシロを見てかるく仰天した。ステレオからは大音量でビートルズの「レディ マドンナ」が流れていた。シロは気持ちよさそうにリンゴスターのグルーヴに合わせて踊っていた。
気晴らしにという口実で弁護士はシロを精神科に車で連れて行った。
「家族の死やオーディションのこともあるでしょうが
それはたぶんキッカケです。
ずいぶん前からなにか精神的に問題があったと想います。
初診なので病名などは特定できませんが確実に精神を病んでいます」
そしてシロはひとりでタクシーに乗って毎日のように病院に通いはじめた。嫌がるどころかむしろ愉しみにしているようだった。
ここの待合室にいるヒトビトはみんな静かでキットよいお家の方々ばっかり。ここで吸うタバコがいちばん美味しいわ。保険会社のきたないビルがみえる。あそこは喫煙所がないから可哀想だわ。みんな行儀よくパソコンの前に並んで退屈そう。オンナの人が立ち上がった。紙を機械に入れている。眼鏡のネクタイのオトコが彼女をずっとみてる。いやらしい目。あのオトコの人はずっと電話をしている。どうして電話なのに頭をペコペコしているのかしら?アタマがおかしいんじゃないのかしら?ここの病院に来るべきよ。ここの病院は素敵よ。誰もわたしの胸や顔のことを言わないの。みんな静かよ。いま隣でタバコを吸っているおじいさんは手が震えているけれど親切なの。ライターを忘れて困っていたら火を貸してくれたの。このおじいさんは奥さんに逃げられたんだって。わたしよりずっと1000倍も綺麗で美人でフェラチオも料理もすごく上手だったけど浮気してたんだって。わたしは料理を勉強しなくちゃ。パパは料理が上手だったから。わたしは恋人だけには絶対服従を誓います。浮気なんて。おじいさんはきっとお風呂に入ってないと想う。わたしがお風呂に入っていなかったときとおんなじ匂いだもの。ガラスの歯ブラシみたいな女の子はね。いじめられたんだって。ピンクちゃんは先生にもいじめられたっていうの。スカートを脱がされて携帯の動画でバラまかれたんだって。その先生はやっぱりネクタイをしていたってわたしはピンクちゃんに確かめたの。だからわたしは学校に行かなくてパパありがとうってやっぱりパパは素敵なヒト。太ったおばさんは中国のタバコを吸っている。パチンコに負けて悔しいんだって。パチンコが大好きで中毒なんだって。この前は8万円勝ったからトモダチと焼き肉を食べたんだって。パチンコをしている時はなにも考えないから楽しいんだって。わたしはパチンコをしらないけれど踊っていた時は楽しかったわ。このオンナの人はたぶんオペラ歌手になりたかったんだわ。声がとっても大きいしカラダが立派で貫禄がある。でもきっと誰かがオーディションで不合格にしたんだわ。だってこのヒトのバストはすごくおおきいんだもの。
5 グレイの場合
グレイは警備会社に勤める初老の冴えないオトコ。勤めはじめた頃に一般家庭用セキュリティシステムのちょっとしたブームがあった。誰かが突然「自宅にも警報装置を」と言い出して元プロ野球選手のCMで誰もが「安全と安心」を買い求めるようになった。グレイの大学の同級生にたまたま代議士がいた。ブームの追い風もありそのツナガリでかなりのラッキーな営業成績をあげた。その功労で係長ではあるが後はただ飼い殺しの無能な中年であることはパートの掃除人神山陽子(62歳)以外は本人含めて全員が知っている。グレイは48歳ですでに頭髪は相当に薄い。スーツには深いシワが鋼鉄の巨象が踏んでもとれないほど無様に刻まれている。ネクタイは4本しか持っていない。1本は葬式用の黒いネクタイで1本は結婚式用の白いネクタイ。残りの2本は似たようなストライプの紳士服の青山のバーゲンで3年前に妻が買ってきたものだ。たぶん目の錯覚だろうけれどグレイの影はたとえば放置自転車の影よりもやや薄く見える。年上の妻とは15年前に上司の勧めで見合いをして知り合った。なんとなく結婚をしてなんとなく結婚式を挙げてなんとなくふたり子供をつくった。ふたりの名前は妻が各数にこだわり独断でつけた。暴走族の落書きのようなAV女優のようなレスラーのリングネームのような奇妙な音の漢字の羅列になった。
定時に会社を出て2時間かけて帰宅する。「ただいま」と静かにグレイは言うが誰からも返事がない。妻は通信販売のダイエットマシーンをカラダに巻きタバコを吸いながら電話で話している。「そーなのよ。もらった電話で悪いんだけどさ。そう。浅野さんってほんとおせっかいよねー」息子は大音量でネットゲームをしている。食卓にはカゴが伏せてありグレイの夕食が用意されている。カゴをとるとカップヌードルカレーとセブンイレブンにおにぎりがふたつ。もちろん誰からも返事がないのだけれどグレイは静かに「タバコ買ってくる」と外へ出る。偶然公団住宅の階段ですれ違った娘に「あ。オヤジ?タバコ?じゃマイセンワンカートンよろしく」と言われグレイは静かにわかったと答えた。
セブンイレブンの看板が誘蛾灯のようだ。コンビニエンストアーの駐車場は不良が溜まるから若者にだけ反応する高周波数の電波が出ているらしい。それを聞くと若者は頭が痛くなって長居できないというウワサは本当なのだろうか。オトナは聴覚が衰えてきているので何ともないというのだが。
グレイはハイライトと娘のタバコをとジッポのオイルを買った。そしてワンカップ大関をひとつ買った。店を出てひと息で酒を飲み干した。帰り道は少し遠回りをして薄暗い住宅街を歩いた。どこかの家から魚を焼くいいニオイがする。グレイは激しい食欲を感じる。焦げたにおい。脂ののった焼き魚に白米をガツガツ食べたい。胃がぎゅっと。油の跳ねる音。グレイはバラエティ番組の笑い声が聞こえるアパートの隣にある木造の家を選んだ。そっとアルミの門を開けてジッポのオイルを勝手口のドア部分に流す。エアコンの室外機にもオイルをふりかける。ふたつ缶がカラになって100円ライターで火をつけてグレイは急いで帰宅してカップヌードルを食べ迷ったけれどおにぎりは食べずに風呂に入り眠った。
グレイは朝が好きだ。家族は寝ているから静かだ。米を炊きタマゴを焼き家族の味噌汁を用意して昨夜の放火で全焼した火災現場特有の科学的で生々しいにおいを感じながら駅へむかった。改札を入ってすぐ左側にある「みんなのふれあい文庫」から今日も漫画を選び電車に乗った。グレイは満員電車が嫌いだし家も好きではないから早めに出て会社の近くのドトールでタバコを吸いながらぼんやりとタイムカードまでを過ごす。選んだ漫画は想っていたよりも面白くて明日も続きを借りようと少しだけ気分がよくなった。漫画の中でおじいさんが少年に「オセロには白と黒があるけれどそれは裏と表じゃないよ。いい悪いじゃない。光と闇でもない。ただ白と黒なんだよ」と語る場面で突然景色がモノクロームになった。血の気が下がり気持ち悪くなりグレイはテーブルに突っ伏してフリーズした。
いままでの自分の人生というモノがまったくなにもないからっぽのなんのアクセントもトッピングもない特徴もない灰色でネズミ色でグレーでその他大勢烏合の衆でありあともうじき死んでしまうし自分が死んだところでまったく誰にも世界にも影響がなく自分がただの「無意味そのものという存在であるという事実」に気がついていたのだが知らんぷりをしていた仮面がマスカレードがペルソナが剥がれて落ちてそれは足首にキツく何重にも巻かれたガムテープをベリベリベリとゆっくりと剥がすような物理的な痛みがあり小学校2年生の時に父親の中国製ロレックスを分解して殴られて物置に丸3日閉じ込められて以来おおきなおおきな声を上げて泣いた。
もしエスプレッソを頼んでいたら。
きっとカップはグレイの涙であふれてしまっただろう。
あふれたところで。
アルバイトのウエイトレス神楽坂瞳(21歳)があまり清潔そうではない雑巾で「はやくカレシに逢いたいわ」と想いながら無愛想に拭き取るだけであるが。
携帯電話のアラームが鳴るとグレイの涙は止まりプログラム通りに会社へ向かう。無意味な涙をありふれた紙ナプキンで拭き取って灰皿といっしょにトレイに載せて返却口にそっと置いて会社へ向かう。そして今日もグレイのタイムカードには「8:45」と刻印される。帰りは必ず「17:08」である。あまりにもそれが正確なためグレイは一部の女子社員から「時計オヤジ」と呼ばれているがグレイは知らない。
6 シロとクロの出逢い/希少種の化石
診察を終えるとシロはエレベーターに乗った。ドアが閉じかけた時にオトコがすいませーんと言いながら走ってきたのでシロは「開ボタン」を押した。オトコはいきなりシロに抱きついて胸をわしづかみにした。シロは悲鳴をあげた。絶叫した。なにがなんだかわからなくて叫びながらボタンを押しまくった。両手を振り回し叫び続けた。オトコは呪詛のような捨て台詞を残して逃げていった。そしてドアは静かに閉じた。
クロの会社のブザーが鳴った。
「もしもし。警備担当のクロと申します。
どうなさいましたか?」
しかし悲鳴しか聴こえない。
エレベーター内のモニター画面も不鮮明。
警察に連絡するべきだろうがそれはまずい。
現実的な対処法を考える一方でクロのココロはどきんどきんと激しく鼓動していた。「メスの悲鳴」がクロのオスを刺激した。このメスを守ってやらねば。そしてこのメスは闘い疲れたオスを癒すためにカラダ中でオレを愛撫するのだ。
ビルが会社のすぐ近くなのでクロは走って現場に向かった。エレベーターに人影はなく非常口の階段にさっき散ったばかりの胡蝶蘭のような真っ白な少女がうずくまっている。クロは声をかけた。
「大丈夫ですか?警備会社のクロです。アナタが非常ボタンを?」
シロはおおきな瞳から涙を流しながらじっとクロを見つめている。
なんだ。吸い込まれそうだ。なんて綺麗なんだろう。つくりものなんじゃないのか?なんだこれ?ヤバいな。クロの身体中の血が沸騰し逆流し激しい恍惚。細胞すべてがこの純白なオンナを求めている。
「送ります。タクシーで帰りましょう」
シロは動かない。一度だけまばたきをしただけだ。
クロは辛抱強く声をかける。
「ねえ。大丈夫か?怖いの?オレはさ。送ってやるって言ってんだよ。なあ。なんか喋ってくれいないとさ。オレはアンタの悲鳴を聞いたらなんだか守ってやりたいというかさ。警備会社と関係なしにさ」と喋りながらタバコをくわえるとシロが「ダメ」とちいさくキッパリと言った。
「え?ダメってなにが?」
「メンソールをニンゲンは吸ってはダメ」
シロはロングピースを差し出した。
「ねえ。パチンコってなあに?」
「え?なんだ急に。ギャンブルだ。バカがやるゲーム」
「フェラチオって?」
「説明するもんじゃない。
うまいタバコだな。これからこれにしようかな」
「さっきね。エレベーターで変なオトコに抱きつかれたの。
そんで胸を鷲掴みにされたの」
「マジかよ。大丈夫か?そいつどこいった?」
「逃げていったよ。大丈夫。でもね。怖かったよ。
ものすごくうまれていちばん怖かったの。
わけがわからなくて叫んでボタンばたばたして。
でもね。急に戻ったの」
「戻った?」
「そう。
わたしはもう狂ってない。
モトに戻ったの」
「え?1行もわかんないんだけど」
「ねえ。わたしの家にきて。
お金はあるの。そんなネクタイは捨てて」
シロは微笑んだ。
さっきまで夜だった世界のはじっこから太陽がのぼりその圧倒的な光で世界中の恥という恥を残らずさらけ出すように瞳が輝いた。その鮮やかな空のパリッシュブルーをからかうように色のなかった唇が赤くなってゆく。唇はシャーマンの呪いから解放されたお姫様の品の良い笑顔のカタチにカーヴした。そして透明だった肌が薄っすらと上気した。
クロはちょっとした奇跡を見たよう感じた。
このオンナなに言ってるかわからないけれどオレはしばらくこのオンナの言う通りにやってみよう。それに。いい加減ひとりは寂しくなってきたし。しかし綺麗だな。テレビに出てるアイドルとかよりぜんぜん美しいよな。このオンナにキスされたら。どんなカンジだろうか?
「ねえ」とシロが短く呼んだ。
「なに?」
「アナタ。ヒト殺したでしょ」
タバコの灰が落ちた。甲虫の干涸びた死骸を踏みつけたような小さな音。
大型バイクが猛スピードで走り去っていく。どこか遠くの未知の孤島で風に吹かれて老木が倒れそこに巣をはっていた未知の鳥のタマゴが落ちて割れた。だけれど世界はあまりにもうるさくてその音を聞いたニンゲンは誰もいなかった。
クロは通報されるかもしれないという想いよりも「秘密をわけあえる相手が見つかった」安堵感が強くなにもかもが許された気がした。
「うん。殺したよ。」
シロの問いに対してクロはキッパリうなずいた。
「いいの。それはいいの。そんなことは細かい問題なの。
正しいかどうかはわからない。でもどうでもいいの。
でこぼこ。でことぼこ。白と黒。空と海。
どっちがいいも悪いもないの。ヒトを殺すという体験は貴重だわ。
そんなことよりアナタにお願いがあるの」
「なに?」
「わたしの恋人になってください」
うなずく代わりにクロはシロの唇を奪った。
クロはタクシーにシロを乗せてシロの家に向かった。タクシーの中でふたりはしっかりと手を握っていた。シロの手は汗ばんでいる。クロは薄い唇を噛み締めてじっと激しい性欲に耐えていた。
家に着くとふたりは何も喋らずに急いで服を脱いだ。手順もエチケットもなくお互いを狂おしくただ求めていた。シクロの勃起は固く完璧だ。シロは膝をついてそれにほおずりをした。そしてなにかを想い出すかのように眼を閉じてくロの勃起を舐めはじめた。シロのクチビルはそのために存在するかのようにクロの勃起を深くしゃぶり続ける。舌先も指先もすべて独立したイキモノのようにゆっくりと勃起の丸ごとを舐める。シロの唾液でてらてらと光り輝くクロの勃起は獲物を捕らえた毒蛇のように反り返っていた。シロはジブンの処女が濡れていくことに気がつくと急にココロが軽くなった。ずっとずっと目詰まりしていたパイプがすーっと流れるような気持ちになった。渋滞が流れ出しスピードは加速する。乾いた場所がどんどん充分に満たされて濡れてあふれてこぼれてくる。シロの処女からはどんどんラヴジュースがこぼれてきてそれは宝の地図のようにシーツを濡らしてゆく。シロは踊るように犯すようにクロをしゃぶり続ける。シロ。最高だよ。オレ溶けちゃうよ。白い乳房にはクロが強く噛んだ赤い痕。それが血管のブルーと混じりまるで少数部族の入れ墨のようだ。
我慢できなくなったクロはそのままシロをベッドに抱きかかえシロの濡れた処女に暴力的に勃起を挿入する。愛しい異物が痛みとともにシロの中で膨張し子宮を圧迫する。いちばん奥を突きあげられたその刹那。シロはいままで観たあらゆる風景よりも眩しい空を飛んだ。飛んではじけてくるんくるんと踊るように舞い堕ちた。シロはエクスタシーを飛び越えた。クロの浅黒い筋肉がしなる。クロのアゴをつたいクロの汗がシロの顔を濡らす。そのしずくが垂れるたびにシロはおおきく甘く絶叫する。クロは腰をふり奥まで突き欲望のままシャウトする。もっと奥へもっと奥へ。ぶち壊せ。飛べ!いけ!最高だぜ。クロはシロの両手を押さえつけクチビルにむさぼりつきクロは果てる。
シロは優雅に起き上がり髪を束ねてふたたびクチビルでクロを愛撫する。ふたりには脱ぎ捨てるものなんてもうなにもなかった。なにもかも晒した。ギザギザがぴたりと重なりひとつの「わっか」になった。愛液が混じりあいコンプレックスもくだらない過去の幾つかはすっかり洗い流されてシロとクロはホンモノの恋人になった。
バスルームでふたりは髪の毛とカラダを互いに洗った。湯につかりながらおそろいの指輪が欲しいとシロが言ってクロも賛成だと言ってすっかりカラダを乾かして「つがい」で発見された希少種の化石のようにハダカのまま寄り添って眠った。
翌日。クロが目覚めると世界は変わっていた。シロはさらんとしたエスニック柄の白いスカートをはいて胸のラインがはっきりとわかる白いシャツを着ていた。下着はつけていない。クロは夢をみなかった。血まみれの工場長に追いかけられるあの生臭い夢。キッチンで美しい女がコーヒーを煎れている。ときどきオレを見て笑いながらなにか言ってる。
「シロ!ちょっと来て!」とクロは大きく呼んだ。
タバコに火をつけながら
「なあ。ゆうべオレたち抱き合ったよな。
マボロシじゃないよな。
オレさ。工場長殺してから見ていた怖い夢。
ゆうべみなかったよ」と言った。
「抱き合ったなんてモンじゃないでしょ」
「そんでさ。オレちょっとわかんないんだけどさ。
ノーブラのオマエ見たら発情した」
シロは静かに髪を束ね微笑みながらシャツを脱ぐ。
ずいぶん長く眠ったんだな。もう夕方になる。
クロは半分眠りながら射精した。
夜はシロの父親の書斎で過ごした。
「この本棚はわたしが読んだ本。こっちはまだ」
「ふーん」
「クロは本を読まないの?」
「文学部に入るぐらい本は好きだった。ひとりになれるし。
書斎のそうだなあ10分の1ぐらいは読んでると想うよ」
「そんなに?」
「うん」
「すごい。わたしの何十倍だよ」
「他に読みたい本ある?わたしのパパはぜんぶ読んだの。
どう?ねえ?」
「オマエのパパのセンスは最高だな」
シロは生まれて初めてプレゼントをもらったときのように喜んで興奮気味にクロに戯れてキスをした。クロは23歳でシロは19歳でその瞬間だけはただのありふれた恋人だった。その「ただのありふれた恋人気分」がとにかくシロには心地いいと感じた。
しかし実際は「かなり特別な恋人」だった。
シロにはたくさんの富があり美貌とセンスがありクロには鋭い三日月の目としなる浅黒い筋肉と知恵があった。そして若かった。ふたりには未来と希望と少々の傷跡しかなかった。
7 ピンクの場合
ピンクは公立の小学校を卒業して公立の中学を卒業した。そしてその学区内でいちばん学費が安くていちばん偏差値の低い男女共学高校を受験した。母は病弱で父は安定した収入がなかったしジブンの成績を考えると選択肢はなかった。ピンクの父親はゴミの回収業をしていた。ゴミが出なかった日はないので稼ぎもよかった。しかしある時に麻薬中毒者が不用意に捨てた使用済みの注射針が刺さってC型肝炎になってしまった。シゴトも休みが多くなり治療代が家計を苦しめた。母親はパチンコ屋でピンクはコンビニでアルバイトした。
しかしすぐにピンクはクビになった。マニュアル通りの受け答えがピンクにはできなかった。緊張してお客の前で喋れなくなってしまうしレジの使い方が致命的にわからなった。ピンクの成績はそのいちばん偏差値の低い高校でもかなり悪かったけれどジブンの運動神経と外見(みため)には少しの自信があったから会話さえ避ければバカさえバレなければいつか「運命のヒト」に声をかけられてもらえると信じていた。ピンクはゲシュタポのファンだった。特にボーカルのジェルの大ファンで必ず「ジェル様」と呼んでいた。ピンクはライブハウスのない畑の多い町で暮らしていたのでライブを観たのは隣町の市民ホールにゲシュタポが来たときの1度だけ。あとはインターネットで妄想を膨らませていった。
なんでこんな貧乏な家に生まれちゃったのかな。ユミちゃんなんかツキ20マンもお小遣いもらってるってちょーいいよね。それだけあったらジェル様のおっかけできるじゃん。
高校2年生の前期テストの最終日にピンクは男子生徒たちがトイレ脇に座り込んでジブンの悪口を言っているのをきいてしまった。「ピンクってなんかうざいってかブスだよな。話がつまんないっての?そう。おとなしいのにうざいしさ。アイツバカだろ。この前のテスト数学18点だぞ。0点よりむずかしいっての。ぜってー処女だよ。賭けるか?オレはヤってるに賭けるから。マジかよ。よし。重慶飯店のチャーハン大盛りな。で。それを確かめるのは誰がやりますかー。ギャハハハ。ちょームリ。きびしすぎ。じゃんけんね。マジ!?ギャハッハハハ!!」
ピンクは処女だったがそれは気にしていなかった。貧乏学生相手に処女を捨てる気なんてないしねー。イマドキ処女の女子高生なんてちょーVIP的な。アタシやせ形だし。アタシが処女を捧げるのはジェル様以外ありえないしね。ピンクはブスどころか瞳も強調したし女性月刊誌ブリリアント最新号で学んだ薄いメイクもうまくいったと想っていた。美人タイプじゃないけれど悪くない。どちらかと言えば可愛い方だと想っていたのだけれどすべてが勘違いであり恥ずかしくてブスでバカに生んだのは誰のせいだとピンクのシナプスは必死で「犯人捜し」をはじめていた。
なんとしても整形手術をしなきゃ。アタマはバカで音痴だけど顔なら元々は悪くないし運動神経もスタイルも細いからあとはバストアップすれば。ちょっと整形すればばきっとわたしも恋ができるしそのお金持ちのカレシとヤツらを見返すの。
さっきウワサをしていた男子生徒たちが逃げ場も武器もない虫をいちびるようにピンクをからかいながら近づいてきた。そしてそれはエスカレートしてスカートをまくり上げられてその他大勢魑魅魍魎烏合の衆に押さえつけられ携帯電話で動画を撮られてインターネットの海にばらまかれた。信じられないことに担任の男性教諭山岡昭二(30歳)も加担した。その動画を匿名でネットの海に流した。船の上から危険物入りのボトルを海に放り投げたのだ。どこにたどりつき誰が拾うのだろうか?
ピンクに必要なモノはとにかく「納得いくまで整形手術が可能な現金」だった。家は貧乏だからピンクは迷わず翌日から学校には行かず性風俗産業で働くようになった。そして昼間の時間は定期的に精神科に通うようになりそこでシロと知り合った。このヒトも美人だけどたぶんわたしと同じぐらい細くて同じぐらいバカだからバカ病院に来てると想うとなんか安心ってか惨めじゃないね。このコはテレビみてないんだってちょー変わってる。連ドラのりょーじとケンジのどっちが好きかってきいたら「アサユメってなあに?」だもん変人だね。ファミマチキンの新しいのも知らないとかなんの病気だろう?ハーフだからいじめかな。運動神経が悪くて足手まといとかからかわれたかもね。じゃあアタシよりもバカかも。少なくともアタシのがぜんぜんマシ。シゴトもなれてきたし。
ピンクは働きだしてすぐにナンバーワンになった。「現役高校中退元女子高生処女!」という奇妙奇天烈な売り文句も功を奏した。店内の薄暗い間接照明とメイクもピンクの味方だったがピンクには「根本的に才能」があった。そしてその「逆転した立場」にピンクはとても驚いた。オトコたちが我慢できなくなって切実に「わたしを求めにくる」と気がついてからピンクは愉しく働けるようになった。オトコたちはピンクをいじめたりからかうどころかその宿命的な性欲の処理を求めた。「どうして脂肪のかたまり/ふたつの丘/乳房をみただけで発情してしまうのだろう?」というシステムを持て余したオトコたちがなけなしのカネを握りしめて今夜もヘルスサロン「オレンジキャンディ」へ通ってくる。
あれ?ここに来るオトコのヒトはみんなちょっとビクビクしているのね。そしてみんな必死なのね。そしてわたしに「お願い」をする。わたしがいっしょうけんめいすると気持ちいいと精子を出すのね。その顔がね。可愛いのね。さっきはピンクちゃんありがとう可愛いねってチップくれたの。わたしだって人類の役に立ちます。風俗嬢なめんなよ。ハダカのレディ上等よね。あの曲よりもリンダがスキだけど。さっきのおじさんなんかアタシがクチビルをつけた瞬間にいっちゃうんだもん。目に入りそうになったわ。そうだ。もしあいつらが高校生のくせに貧乏だけど恐喝がうまくいったりしてこの店来たら悪口の罰に切っちゃおうか。
ピンクはそんな言葉を知らないけれどこのシゴトは彼女にとってまさしく「天職」だった。ピンクは愉しく稼げる。店も儲かる。お客様は気持ちよく遊び気前よく支払って帰ってゆく。そんなオールウィンの擬似的関係がいつの間にかピンクを頂点とした三角形になっていた。オレンジキャンディのなかではピンクは絶世のテクニシャンであり指名回数も稼ぎも飛び抜けていった。小さな薄暗いヘルスサロンの中では今夜もピンクは享楽の光を乱反射してキラキラと輝くスパンコールそのもの。ピンクは貯金通帳を眺めるだけで美しくなるような気がした。
女性をよく楽器に例える輩がいる。確かにギター/ヴァイオリン/ピアノなどのカーヴは優美な女性のウエストラインを想わせ魅力的だ。それは同感だ。だから優しく丁寧に扱えと。しかしそれには反論したい。ジミ・ヘンドリックスというギタリストはエレクトリックで増幅しアンプリファイアで歪ませた小川のせせらぎとは正反対の音色でギターを弾く。そしてなんとも妖艶な甘い叫びでギターは泣く。
ジャン。キミにはいうまでもないだろうが女性の中には暴力的に扱われた方がより強い快楽を得られるというヒトもいる。公園で女性が泣いているとしよう。ジャン君なら迷わずにシルクのハンケチをそっと手渡すだろう。いかにも優しい絵面だがその女性は慰められたいのではなくて泣いている自分をはり倒してカツを入れてもらいたいと内心強く想っているが声に出せない内気なタイプかもしれない。
ジャンよ。キミのこのコラムが掲載された週刊誌はバカ売れしたらしいじゃないか。「女性と楽器」なる安直なタイトルの嘘くさいコラム。しかもそれが飛ぶように売れたなんて!!
呆れてモノが言えないよ
「ジャンへ 私信2」より抜粋
働きだして8ヶ月後に「ピンクを身請けしたい」というオトコがあらわれた。ピンクはその売人の口説き文句を真に受けて(なにしろ生まれてはじめてなものだから)その夜から同棲をして翌週からはもっと高級店で働かされていた。
「ピンク。オレは売人のBだ。オマエみたいな美人初めてだ。
マジだよ。オレの目を見ろ。真剣(マジ)だろ。なあ目をそらすなよ。
ホントに美人だなあ。オレが喰わせてやるからさあ。
こんな店辞めなよ。オレの恋人ならオレのカラダだけでさ。
オレは今だけ事情があって売人だけどいずれ社長だからさ。
オレが喰わせるから。な。終わったらいっしょに帰るぞ。な。
せめてオレの夢物語だけでもさ。なあ。きいて欲しいよピンク。
だいたいなんでオマエみたいなかわいこちゃんがさ。美人がさ。
なぜにカラダ売るのよ?!あ”〜ん?!おかしいだろ絶対に!
世の中は間違っているよ。絶対おかしーよ。
オマエを正真正銘の絶対的正当に評価できるのはオレだけさ。
オマエがいちばんわかってるはずだよ。今ときめいているだろ?
な。当たりだろ?オレは超能力もさ。内緒だよ」
ピンクは有頂天だった。本当の本当に「救済のシンボル白馬の王子様」だと強く深く確信した。100%丸ごとそのまま突然のスコールに身を委ねて両手を広げ全身で浴びる真夏の労務夫のように気持ちよく信じ込んだ。すてきだわあいいきもち。酔っぱらったみたいにぽーっとするわねぇとピンクは想いながら狡猾な毒蛇に逆らわずコトバを享受していた。ピンクは仕事中にはじめて発情した。自分からBに抱きついてズボンをおろした。ピンクが処女を失ったヘルスサロンの特別室のスリッパはここを訪れた何千人もの情けないオトコたちの汗と汚れでベトベトしていた。
高級店のシゴトは肉体的にはとてもラクだった。客筋はよく上品で清潔だ。ただピンクが怖れるのは「会話」だった。ジブンのバカがバレてしまうのがトニカク怖かった。だからピンクはひたすらしゃぶった。舐めた。キスをした。会話をしないためにはなんでもした。それが「おとなしくて献身的だ」と評判になりピンクはそこでもナンバーワンになった。
高級車で迎えにきたBと食事をして毎晩のように抱き合って眠った。車のなかでこれが聞きたいとピンクがゲシュタポのCDを売人に渡した。Bはうるせー音楽だけど歌詞カッコいいじゃんよピンクと言うとピンクは自分が誉められるよりも嬉しくなった。
売人Bは輸入外車のディーラーだった。しかし客とモメて裁判沙汰になるほどの借金を抱えたためにドラッグを暴力団から買い付けていわば「仲買人」のようなシゴトをやっていた。大麻や新型のクスリを未来のギャングスター達に効率よくさばいていった。そして団地の主婦を相手に新たなる販路を広げていった。その手際は鮮やかでBに「ネタ」を卸す暴力団員幹部が「うちの組入らんか?」と真面目に言ったぐらいのモノだった。それは合法か非合法かを別にすれば「高レベルの商才」だった。けれどもBはあくまでも「一匹狼」に固執していた。誰かのケツにつくよりはぁと。チンケでもいいから一国一城の主でいたいね。5人兄弟のオトコでは末っ子のBはいつだって兄貴の誰かのおさがりだった。靴は三男で帽子は次男。カバンは長男が使っていた物だった。新品なのは歯ブラシだけだった。末の長女はすごく可愛がられてオレはネグレクトだったとBは酔うと必ず幼少期の苦労話を何度でもピンクに話してきかせた。Bは意見されるのが嫌いだしお喋り好きだったので会話が苦手なピンクにはありがたかった。
何度も話してくれるから話の流れもだんだんわかってきたしね。
現実の生活はピンクの稼ぎでまかなっていた。派手好きなBの腕時計や革靴にそれは消えていった。けっこう持っていたはずの貯金もBのわがままのためにどんどん減っていったが捨てられたくない一心でピンクはお金を使った。外車にネクタイとゴルフセット。新型の携帯電話に金のブレスレット。ダンヒルのシャツのストライプのシャツはよく似合うのね。それにBが無邪気にはしゃいでその笑顔はしあわせだものね。でもね。今度の秘湯巡りのお金渡したら貯金がもうないのね。どうしようか?
ピンクがそっと今月はお金を控えたいと言うといきなり思い切り平手で顔をはられた。
「あ〜ん!?てめぇバカのくせになにゆってんだぁ!?働いてこい。
なんで貯金ゼロになるまで黙ってんだバカ野郎!!」
ピンクは前借りのためにまた店へ戻った。
ヤバい。。。バカだってバレてた。ヤバい。ちょーさいてー。このまま逃げたい恥ずかしいバカだって言われたよ。お金ならまだ渡してないし今日の分はね。どうしてわたしはあの家に帰ってしまうのだろう。やっぱり本気のバカだからかなあ。殴られるのはイヤなのに。そうかあわたしには帰る場所がないしホテルだとお金がとられたあとは泊まれないから貯金ゼロだしね。ネットカフェはシャワーないからヤだし。わたしが逃げたらあのヒトは困るだろうかな?また他にオンナをすぐに見つけるんだろうね。それだけはヤだわね。他のオンナに盗られるなら。やだ。やばい。あのヒトちょーイケメンだし。他のオンナにぴんくはバカだって言いふらされてからかわれたらちょーさいあくだわどうしようかしら。キットバカだからわたしはすぐ困るんだあ。
いつのまにか客は射精して放心していたがピンクはすぐには気がつかずに右手を動かしていた。Hand Job is so cold Job.
ピンクは今夜も暫定的な結論を出した。
「たまたまいまあのヒトはアンラッキーな時期。今月の獅子座のAB型はよくないってブリリアントに書いてあったし。商売の腕はあるからもうすぐツキがまわってくる」とジブンでジブンを丸め込んでいた。今度の休みは新宿の占い師ミス舞姫にいこうかしら。当たるって評判だし。
ピンクは私服に着替えて化粧を落として素顔のまま世界で18番目ぐらいに危険な家に自動的に帰っていく。
10 シロのパパの場合
14 ピンクとグレイ2と今度は凍りついた弁護士の巻
17 贅沢をまったく知らないってのはもっとダメだな
つづく